世は歌につれ

五木ひろしが別の芸名だったら|月刊「FACTA」連載 世は歌につれ/田勢康弘


7.五木ひろしが別の芸名だったら

1970年の大阪万国博の年だったから良く覚えている。私は新聞社の大阪社会部の記者だった。めったにテレビは見なかったが、月曜日の夜の読売テレビの歌番組は見ていた。長めの髪の若者が10週連続勝ち抜きに挑戦していた。プロだということだったが、三谷謙という、名前も聞いたことのない歌手だった。最初に歌った「噂の女」(前川清)がやたらにうまかったので、結局、10週全部聴いた。②「目ン無い千鳥」(霧島昇)③「俺を泣かせる夜の雨」(一条英一)④「逢わずに愛して」(前川清)⑤「男の友情」(船村徹)⑥「命かれても」(森進一)⑦「伊太郎旅唄」(橋幸夫)⑧「君は心の妻だから」(三條正人)⑨「博多の女」(北島三郎)とここまで勝ち抜いてきて10週目に何を歌うか。見ているだけなのに、私まで緊張した1週間を過ごした。三谷謙が選んだ曲は北五郎作詞・遠藤実作曲「雨のヨコハマ」。えっ、聴いたことの無い曲だ。それもそのはず、三谷の自分の曲だった。いま聴いてもうまいと思う。こんなにいい歌をこんなにうまく歌っているのにどうして売れないのだろうか。三谷は10週勝ち抜いた。あまり喜びを表さず、呆然とした表情だったのをいまも記憶している。三谷はここへ辿り着くまでかなりの苦労をしている。10週勝ち抜いたこのとき22歳。16歳でコロムビア全国歌謡コンクールで優勝、翌年17歳で「松山まさる」の芸名でコロムビアから「新宿駅から」でデビュー。まったく売れずに芸名を「一条英一」に改名しレコード会社も変わる。それもだめで「三谷謙」になるが、このころは銀座のクラブでギターの弾き語りをしていた。

これでダメなら福井の郷里へ帰ると決めての挑戦だった。審査員の山口洋子、平尾昌晃に目をつけられ、彼らの新曲で再デビューすることになる。山口は「芸名を変えるべき」と主張した。そして彼女がつけた名前が「五木ひろし」である。当時、売れっ子の作家五木寛之の名前をもじってつけた。「いいつきをひろおう」という意味も込められているらしい。

五木寛之に聞いたことがある。「名前を借りるとあいさつあったのですか」「いやなかったと思う。でも構わないさ」。山口が「よこはま たそがれ ホテルの小部屋」と単語を並べた斬新な詞を書き、平尾が作曲、この「よこはま・たそがれ」は65万枚のビッグ・ヒットとなった。レコード大賞歌唱賞、NHK紅白歌合戦初出場と三谷謙から五木ひろしに変わって一気にスター歌手に躍り出た。コロムビアのコンクール優勝者の先輩にあたる島倉千代子が、当時こんなことを言っていた。「こんど優勝した男の子、抜群にうまいの。私ね、十年がんばればトップスターになれるわよ、がんばってねって励ましてあげた」。随分経ってからそれが五木ひろしのことだとわかった。

コロムビアのコンクール優勝から55年の2019年秋、五木は歌手生活55周年記念の「感謝の饗宴」を都内のホテルで開き555人が出席した。自分自身を振り返ってみれば、かなり五木の歌を聴いてきた。10年ほど前、新潟県長岡市で開かれた「長岡音楽祭」での有名人カラオケ大会では、秋元康演出で私は「細雪」を歌って準優勝だった。羽織袴に和傘をさし、舞台の上から小さな雪が舞うという秋元演出だった。いまでもステージやカラオケで五木の歌を歌うことが多い。「おはん」「長良川艶歌」「汽笛」「おしろい花」「桜貝」「九頭竜川」などである。

五木ひろしで感心するのは歌に対する取り組み方である。まずこれほどたくさんの楽器をステージで披露できる人は音楽の世界全体でもいないのではないだろうか。調べてみた。ピアノ、ギター、エレキギター、サックス、トランペット、フルート、尺八、横笛、琴、津軽三味線、とここまでで10種類。もっとあるとすれば篠笛、クラリネットなどだろうか。売れない時代の銀座のクラブでの弾き語りや、北島三郎、都はるみの前座歌手だった時代の積み重ねが花開いている。

伝説化している話だが、美空ひばりは五木ひろしに「あんたが男で良かったわ」と言ったとか。五木はひばりを尊敬し、ひばりの芸の道を学びながら頂きにたどりついた。デビュー当時は「歌うミスター平凡」と当時の人気雑誌の肝いりでの登場。しかしまったく売れなかった。当時は森進一や矢吹健、青江三奈といったかすれた声の全盛時代。橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦のいわゆる御三家がどっしりと居座り、五木の入り込む余地がなかったということだろう。五木の芸名の変遷をたどると二度目の一条英一からいずれも数字が入っている。続いて三谷謙、五木ひろし。「1+3+5=9」となる。五木は9という数字を大事にし、55周年記念の宴は「9月5日木曜日」、来賓の小泉純一郎元首相があいさつで、今日この宴を開いたわけがわかった、5と木曜で五木だ、と解説して沸かせた。

五木ひろしは55年を振り返ってこう語る。「売れない時代がなかったら、今がない。これからも挑戦と継承を意識していきたい」

長い間五木ひろしの歌を聴き続けてきた人間として、当然のことながら心揺さぶられるほど感動した歌もあれば、それほどでもない歌もある。それはヒットしたかどうかとあまり関係な

い。私が1番にあげるのは「心」という歌である(作詞星野哲郎・作曲船村徹)。

黒髪にこころこころ縛られて

さまよう街のやるせなさ

行くも帰るも罪の坂

闇路に白い白い白い雪がふる

盃にこころこころ秘めたまま

わかってくれと目で話す

言えば誰かを傷つける

隠せば胸が胸が胸がはりさける

君なしにこころこころ淋しくて

みれんの橋が渡れずに

逢えば情けの深川に

(JASRAC 出 1913856-901)

流れてあえぐあえぐあえぐ恋小舟 ぜひユーチューブなどで聴いてほしい。とくに「黒髪に」のあとのこころ、の部分の最初の「こ」の歌い方。これはだれでもできる歌い方ではない。五木の歌にはどこかに隠した「うまいな」と思わせるものがちりばめられている。(敬称略)

歌手生活55周年記念「感謝の饗宴」での五木ひろし(2019年9月5日、著者撮影)

※月刊「FACTA」2020年1月号より転載
FACTA online→ https://facta.co.jp/

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