世は歌につれ

「演歌の神野美伽」世界へ|月刊「FACTA」連載 世は歌につれ/田勢康弘


15.「演歌の神野美伽」世界へ

自称文化人たちが集って不思議なイベントをやるエンジン01文化戦略会議というものがある。3年ほど前、釧路市で開催したイベントの講座のひとつで演歌を取り上げることになった。中心となる音楽評論家の湯川れい子が設定したテーマは「海と魚と演歌の関係」。

議論するのは湯川と私のほかは作曲家の小六禮次郎、里村龍一。これに誰か演歌歌手が入る。

テーマからして兄弟船など海の歌の多い鳥羽一郎あたりかな、と問いかけた私に湯川はこう言った。「私はプレスリーとのつながりからポップス系だと思われているけど、ほんとは演歌大好き人間なの」。当日、湯川が釧路へ連れてきたのは女性演歌歌手の神野美伽だった。私に「あなたは演歌好きと聞いているけど、神野美伽のすごさは知らないでしょ。いま演歌で一番輝いているのはこの人」と言い切った。もちろん、私も神野美伽の歌はかなり聞いているし、自分でも歌う。釧路の音楽の舞台で神野美伽はクラシックのアーティストらと競演した。その中でも吉幾三作詞作曲の「酔歌(ソーラン節入り)」は圧巻だった。流行歌とか歌謡曲とか、演歌とか、そんなジャンル分けなど何の意味もないといわんばかりに神野美伽は1500人の聴衆を魅了した。

釧路の講座で演歌について議論した。誰しもがダメになりつつある演歌と捉えている中で、神野美伽は違った。「演歌はこうあるべきなどという議論は意味が無い。目の前で聴いてくれる人の魂に届くように命がけで歌うだけ」と言う。

釧路のイベントのあとの彼女を注意深く見てきた。何回かの大手術や離婚という私生活でのつらかったであろう日々を乗り越えて、神野美伽は走り続ける。歌手として売れるため、ではなく自分の歌で世界に羽ばたきたいという願いに向かって。アメリカでジャズ歌手に混じって演歌を歌う。英語の歌も歌う。録音されたものを聴いて英語の発音の良さにびっくりした。

その神野美伽がまた新しい試みに挑戦している。

いま韓国ではトロットと呼ばれるいわゆる演歌が大ブームとなっている。そのきっかけを作ったのが韓国を代表する男性オペラ歌手キム・ホジュン(29)が歌う演歌「満開(マンゲ)」という歌。この歌を神野美伽が歌っている。日本語バージョンと韓国語バージョンで。

韓国語の「満開」の日本語訳(キム・ホジュン)

一人では咲かせられない 足を縛られて あてもない空見上げて また 今日を生きる いつか咲かせるため もっと照らして もっと注いで 今にでも愛されたい 咲いては直ぐ 萎み 地味な姿のまま また死んで行こうと 悔やんだりしない マンゲハラ(満開に咲き)

これに神野美伽は独自の詞をつけた。

溶けてゆく 闇の中 ぬくもりもない 傷ついて 傷つけて もう歩くこともできず ただ泣くだけ 抱きしめて 許して こんな風にしか 生きられず 「それでもいいんだ」と言って欲しくて また胸の中の あなたに 歌うよ 心を込めて あなたに (略)いつか見た 空にのびる 桜のように 命の限り咲く 春の陽浴びて そう

神野美伽は日本語バージョンにあえて「桜」を入れた。この部分で両手を突き上げ、この歌の聴かせどころとなる。キム・ホジュンと歌い方はまったく違う。どちらも素晴らしいが、作詞作曲のシン・ジフは神野美伽の録音を聴いて「こういう歌い方もあるんだ」と感想を述べたという。

日本に住んでいる韓国人の知人に、神野美伽の「満開」の韓国語で歌っているものを聴いてもらった。神野美伽とほぼ同世代の知人の女性はこう言った。「日本人特有のなまりはあるけど、韓国語は完璧で感動しました。これを聴いて韓日関係はそう暗くないと思いました」。日本語で歌う韓国の歌手はめずらしくないけれど、その逆となるとほんとうに少ない。亡くなったテレサ・テンの活躍でも分かるように東アジアは音楽の地域性としてはかなり共通したものがある。そしてもはやジャンル分けも意味が無い。日本では演歌歌手として有名なチョー・ヨンピルはいまや米国のビルボードの上位に並ぶロック歌手である。

神野美伽の数ある演歌の中で、すごいと私が思っているのは「千年の恋歌」(作詞荒木とよひさ、作曲弦哲也)である。

我ガ恋ハ 千尋ノ海ノ捨テ小舟 辿ル岸ナク 波ノ間ニ間ニ 逢いたくて 逢いたくて ただ逢いたくて そう想うだけでいいのです

日本の演歌としてこの歌は最高のレベルにあると思う。詞も曲もそして神野美伽の歌唱力も、決して押し付けがましくなくそれでいて聴き終えたときの心に残る余韻がいい。ただ「捨て小舟」を「すてこぶね」と歌っているが、歌舞伎でも能でも「すておぶね」であるのが気になる。

神野美伽はイタリア映画の「ひまわり」や「道」のテーマ音楽がたまらなく好きでああいう歌が歌いたいと言う。どうして?と問い返したら別れた旦那さん(荒木とよひさ)が「お前のような無教養な奴は」と言って毎日映画を2本見ることを強要されたという。自分のことを無教養などという言葉で語る人間が無教養であるはずがない。音楽で自分が何をしたいかという目的をしっかり持ち、そのために必要な努力を惜しまない。命を削るようにして歌に打ち込む姿を見ていたら、湯川れい子でなくとも応援したくなる。

ジャンルを問わず音楽関係者はコロナ禍でみな活動の場を奪われている。これまで日本の音楽はCDが何枚売れたか、を基準にしてきたが、もはやその時代は終わり、これからは配信とライブが中心になっていく。そのときに国内だけターゲットにしていたのでは発展性はない。それぞれの国の言語を駆使して乗り込んで行かなければ未来はない。神野美伽の目は世界、とりわけ東アジアと米国を見つめている。米国の女性ジャズ歌手ジャニス・シーゲルとニューヨークでジャズ・ピアニストとして活躍中の大江千里、それに演歌の神野美伽という組み合わせなどすでに世界へ動き始めている。動かなければ何も始まらないのだ。(敬称略)

※月刊「FACTA」2021年5月号より転載
FACTA online→ https://facta.co.jp/

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