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「世は歌につれ」/歌謡曲ルネサンス
43.出会えた人出会えなかった人 伊藤多喜雄
民謡歌手伊藤多喜雄との出会いはまったくの偶然だった。
僕が教授をしていた早稲田大学の授業で「山崎ハコライブ・コンサート」を行うことになった。その話を聞きつけた伊藤多喜雄が突然、コンサート会場に現れたのである。
伊藤多喜雄がロンドンの有名な劇場でアカペラで「木曽節」を歌い、ロンドンの新聞が絶賛したという話は山崎ハコから聞いて知っていた。ハコは伊藤のために「愛しき大地」(作詞作曲:山崎ハコ)「朝に照らされ 山は緑 鳥の巣立ちを数知れず見たな」を提供している。
客席からアカペラで木曽節を歌いながら壇上へ上がってきた。すごい迫力である。伊藤はこのあとハコのギターで「愛しき大地」を歌った。
伊藤のライブに何度か行った。いつも満席である。バックバンドがすごい。エレキギター、ヴァイオリン、ピアノなどのほかに三味線、太鼓、パーカッションと豪華だ。ジャズ・サックス奏者の坂田明も加わる。伊藤の娘、孫娘まで総動員で、ステージが実に面白く客をあきさせない。
こころの歌謡選手権大会用に作家の五木寛之が詞を書いてくれた。その中に「いま北国」(作詞:五木寛之作曲:野辺山翔)「見上げれば涙がにじむ上弦の月 命ぎりぎり」がある。曲は静かなバラードだ。さて、この歌をだれが歌うか。
そうだ、伊藤多喜雄がいた、と思い電話した。作曲の野辺山翔が歌ったデモ・テープを聴いてもらいOKが出た。五木寛之に「伊藤多喜雄にします」と告げた。「だれそれ。若い人?」「伊藤多喜雄、先生もよくご存知のはずのあの民謡の伊藤多喜雄ですよ」「あーそう。へぇ、あなたも変わったこと考えるね」
五木のアイデアで冒頭に北の民謡を入れたらどうかということになった。伊藤は江差追分の中の一節「どうせ行く人やらねばならぬ」を選んだ。だれもが想像もしないすごい曲が誕生した。