「世は歌につれ」/歌謡曲ルネサンス
49.出会えた人出会えなかった人 小田純平
かなりたくさんの歌や歌い手を知っているつもりだったが、小田純平という名前はまったく知らなかった。
いつものようにユーチューブで何かいい歌がないかと探していたら、小金沢昇司が「神楽坂」(作詞:石森ひろゆき作曲:小田純平)「毘沙門天の おみくじを 坂の途中で引いたのは」を歌っている。神楽坂は大好きな街なので、聴いてみた。メロディがいい。こんな曲を作る小田ってだれだ?そしたら小田純平本人が神楽坂を歌っている映像もあった。そうか歌手なんだ。それにしてもバンダナ巻いてサングラスという怪しい雰囲気。ほかにどんな歌をと思って聴いてとりこになり始めた歌が「ほかされて」(作詞:リーシャウロン作曲:小田純平)「あんたとあたいを秤にかけりゃ きっと重たい女の心」である。これはどういう歌手なんだ、なんでいままで知らなかったのか。
そのころ僕はテレビ東京で毎週土曜日「週刊ニュース新書」という報道番組を持っていた。番組の最後に「きょうのあとがき」というコーナーが有り、僕の独断でいろいろなことをやった。そこで会ったこともない小田純平の曲を「あとがき」で流すことにした。流した曲は「恋月夜」(作詞:伊藤美和作曲:小田純平)「どうして 忘れられるでしょうか あなたと逢うため生まれた私」これを小田純平が偶然見ていたという。
これも巡りあわせなのだろう。そうだ、歌の全国大会は彼の力も借りればできるかもしれない、と考えた。初めて小田純平という名前を知ってから、一年しか経っていないのにあっという間に有名な歌手になり、カラオケで歌われる歌手ランキング1位などということも珍しくなくなった。
小田純平の真骨頂はライブ。ともかくやたらと面白いのである。小田の父親は旅回りの芸人。父親につれられ、舞台に立ち続け、3歳で「九段の母」(作詞:石松秋二作曲:能代八郎)「上野駅から九段まで かってしらないじれったさ」を歌っていたという。観客を喜ばせることが大事という父親の教えが純平のステージによく表れている。1日2回ライブをやって、打ち上げもそこそこにして一人でカラオケで歌うのが好きだという。ほんとうに歌が好きなのだ。