世は歌につれ

「昭和」の象徴ひばり・旭|月刊「FACTA」連載 世は歌につれ/田勢康弘


10.「昭和」の象徴ひばり・旭

美空ひばりは短歌を詠む。9歳からスターとして活躍していたひばりはおそらくほとんど学校へ通えなかっただろう。しかしながら、彼女の書いた文章や遺されている短歌などを見ると、その知的レベルには舌を巻く。

我が胸に人の知らざる泉ありつぶてをなげて乱したる君(美空ひばり ダーリンへ)

石を持ち投げてみつめん水の面音たかき波立つやたたずや(和枝へ 旭)

昭和37年11月5日、東京・日比谷に当時あった日活ホテルで行われた小林旭と美空ひばりの結婚に際して発表された両者の相聞歌である。ちなみにひばりは亡くなる一カ月前に病床で短歌を詠んでいる。

麦畑ひばりが一羽翔(と)び立ちてその鳥撃つな村人よ

歌の女神ともいうべき存在だったひばりと石原裕次郎と並ぶ大スター小林旭との結婚ほど世間を驚かせたものは過去にもその後もない。雑誌の対談でひばりが「恋人いるの?」と聞いたのがきっかけでひばりが押しまくっての結婚だった。しかしひばりの母親が反対したため二人は入籍していない。のちに小林は「公表同棲だった」と語っている。スターと主婦を両立できないことが離別の理由のようだが、小林は「忙しい身なのに主婦を懸命にやろうとしていた。女としては最高の女性で、いまもいつも心の中にいる。思い出すことありますかと聞かれる。忘れていないのだから思い出すことはない」と言う。

戦後日本を代表する大スター二人について考える時、どうしても二人が歌った歌を思い出してしまう。それぞれが短期間で別れた相手に思いを馳せて歌っているのではないかと考えてしまうのである。まず、昭和47年ひばりが歌った「ある女の詩(うた)」(作詞藤田まさと、作曲井上かつお)である。

雨の夜来てひとり来て

わたしを相手に呑んだ人

わたしの肩をそっと抱き

苦労したネと言った人

あああなた遠い遠い日の

わたしのあなたでした

最後のサビの部分「わたしのあなたでした」をひばりは思い切り張り上げて歌う。小林との別れから10年近くたっていたが、ひばりの感極まる歌い方からはどうしても小林の存在を想像してしまうのである。この詞を書いたのは歌謡界初期の巨匠藤田まさと。藤田は「百万人に聴いてもらおうと思って歌を書くと1人の人をも感動させられない。1人の人を歌にすれば、百万人が感動してくれる。それが歌作りだ」と語っている。「麦と兵隊」「大利根月夜」「傷だらけの人生」など名作を遺した藤田の晩年の傑作だ。藤田がどの程度ひばりの心の中を慮って書いたかはわからない。が、カラオケでこの歌を歌う人の大半は小林とひばりを思い浮かべているはずだ。この「ある女の詩」で美空ひばりは昭和47年のNHK紅白歌合戦大トリを取っている。

一方の小林は平成9年「惚れた女が死んだ夜は」(作詞みなみ大介、作曲杉本真人)を歌った。

なぐさめなんかはほしくない

黙って酒だけおいてゆけ

惚れた女が死んだ夜は

俺はひとりで酒をくむ

わかりはしないさこの痛み

どこへもやり場のない気持

惚れた女が死んだ夜は

雨よ降れ降れ泣いて降れ

酒よ酒よ俺を泣かすなよ

小林の声は高い。81歳のいまでも若いころのキーを下げていない。この歌の発売日は平成9年6月。52歳で亡くなったひばりが生きていればちょうど還暦を迎えているタイミングだった。企画としても明らかに美空ひばりを意識していたと思われる。小林は例によって少し歩幅を広げて立ち、やや投げやり風な歌い出しである。

「なぐさめなんかはほしくない。黙って酒だけおいてゆけ」

「酒よ酒よ俺を泣かすなよ」がサビの部分だが、いつかのテレビで涙を浮かべているように見えたことがある。若かりし頃のひばりの親代わりは3代目山口組組長の田岡一雄である。その田岡が小林に会いに行き「お嬢があんたに惚れていると言うとんのや。一緒にならなんだら飯を食わへんと言うとんのや。どや、一緒になったれ」と迫った。

今なら考えられないことだが、2人が別れるときのそれぞれの記者会見にも田岡が同席している。女性の芸能人、とくにスター歌手は結婚生活がうまく行かないケースが多い。スター歌手としての「女」の部分と事務所の軸としての経営者の「男」の部分の相克で挫折してしまうのだと思う。スターの座を守り通さなければならない女の宿命と家庭を守ってほしいという男の願望は両立しないのだ。

ひばり母娘に頼まれた田岡は小林に「ひばりをみなさんに返してやりや」と言った。小林は会見で「本人同士が話し合わないで別れるのは心残りだが和枝が芸術と結婚したほうが幸せになれるならと思って理解離婚に踏み切った」と説明した。世紀の大スター同士の“結婚”はあえなく破綻したが、その後の芸能活動はむしろ離別がプラスに働いたかのように熟成していった。

美空ひばりはシングル曲数517曲、レコーディング曲数1500曲、生涯レコード総売上枚数1億枚を超えた。小林も曲数は300を超え、いまだにコンサート会場を満員にしている。ひばりの人気曲は①川の流れのように②柔③悲しい酒。小林のそれは①昔の名前で出ています②熱き心に③自動車ショー歌である。私はどうしても「ある女の詩」と「惚れた女が死んだ夜は」をあげたい。ふたりとも昭和を代表する大スターであり、昭和という時代そのものだったと思うからである。社会の陰と陽のはざまで相当に叩かれたこともあったが、それらを全部含めて「良き昭和」であった。

(敬称略)

美空ひばりと小林旭の結婚を報じる当時の芸能誌

※月刊「FACTA」2020年7月号より転載
FACTA online→ https://facta.co.jp/

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