四国新聞掲載「愛しき日本」5月22日付けより
就任してまだ4ヶ月のトランプ米大統領、いま中東・欧州を旅行中だが、ロシアとの不透明な関係をめぐる「ロシアゲート」問題で「終わりの始まり」などといわれている。北朝鮮危機や米国の保護主義をめぐる世界経済の混乱のさなか、特別検察官ロバート・モラー氏(前FBI長官)による捜査の結果次第では、全世界に大きな影響を及ぼす。唯一の大国のふがいなさに愕然とする一方、ルール違反は大統領といえども許さないという徹底した法治主義の伝統の偉大さを感じる。
不思議なことがある。モラー氏の特別検察官指名をトランプ大統領は発表の30分前まで知らなかったのだ。「アメリカ史上、政治家がこれほどひどい魔女狩りにあったことはない」とツイート、怒りを露わにした。モラー氏を指名したのは司法省のローゼンスタイン副長官。政府の一員であるから、大統領はモラー氏解任を命令できる。しかしながら、司法長官がロシア疑惑で職務を果たせない上に、副長官を首にすれば、ウォーターゲート事件のニクソン大統領以上の批判を浴びることになるだろう。
モラー氏はフォルクスワーゲンの排ガス不正問題決着の立役者でもある。与野党ともモラー特別検察官任命を歓迎している。それだけトランプ大統領にとってみれば厄介な人物が特別検察官に就任したということだ。
ニクソン大統領やクリントン大統領のときの「特別検察官」は独立した存在で3人の判事で構成する委員会以外の干渉は受けない。その後法律が変わり、現在は司法省管轄となる。実体的には同じようなもので、政治的な介入は世論の袋叩きにあうことは必死だ。クリントン大統領のときはホワイトハウス実習生とのセックススキャンダルだった。当時のスター特別検察官の500ページに及ぶ報告書を読んだことがある。そこには大統領と交わした問答がそのまま記載されていた。現職の大統領にこんなストレートな質問をするのかと驚いた。問題が問題だけに詳述はできないが、米国のルールの厳しさに驚いたことを記憶している。
大統領選さなかのロシアとの関係、その後、同盟国から得た機密情報をロシア側に伝えたのではないかという疑惑、フリン大統領補佐官(辞任)に対する捜査をやめるようコミーFBI長官(解任)に働きかけた捜査介入疑惑など仮にすべてが事実なら大統領弾劾に相当するほどの疑惑と言わざるを得ない。共和党内部にもそういう声が出ている。
弾劾の手続きはこうなっている。下院(定数435)の過半数以上の賛成で発議、上院(定数100)の出席議員の3分の2以上の賛成で「有罪判決」が確定し大統領は罷免となる。両院とも共和党が多数を握るため、これが日本なら「粛々と否決」されるが、米国は党議拘束をしないため。予断は許さない。まして2年後の中間選挙を前に世論の動向に敏感にならざるを得ないという議員心理も働く。弾劾までいった大統領はいないが、そうなりそうな場合はやはり直前での辞任ということになるだろう。
この捜査は半年から1年はかかるといわれている。問題はどれだけ証拠が出てくるかで、その壁は決して低くはないと見られている。大統領就任直後、「トランプ効果」で世界的に上昇した株価も今後の展開では長期低落傾向となる可能性がある。ドル安すなわち円高となれば、日本経済には大きな影響を及ぼす。また北朝鮮問題も米国の司令塔が機能不全となれば、混迷の度をますます深めるばかりだ。
困ったことだ、と腕組みしてじっと考えてみると、捜査に介入したとか機密を漏らしたとかで、選出されたばかりの大統領を辞任に追い込んでしまうかもしれないという米国のそのダイナミズムを感のすごさに驚くばかりだ。わが国でも首相への「忖度」があったかどうかでずっともめているが、政府は「資料は一切ありません」と棒を呑んだような答弁を繰り返すだけ。米国のような「特別検察官制度」がわが国にもあればな、とふと考える。そして思う。トランプ氏自身はきっと悪気はまったくないのかもしれない。公的な仕事についたことがなく、ビジネスの世界ではきっとやってはいけないこと、言ってはならないことなんて何もなかったのだろう。人間関係でも1回でも会えばすぐに友だちになれる、そういう単純な人の行動ほど手に負えないものはない。