「世は歌につれ」/歌謡曲ルネサンス
13.音痴
「練習すればたいがいの人は人前で歌ってもおかしくないレベルにはなる」とたくさん弟子を抱える作曲家が言う。そうだろうか。
かなり昔のことになるが、当時有名だった政治家から「家内に歌を教えてやってくれ」と頼まれた。なんでも相当な音痴なので一曲でいいから歌える歌を探して歌えるようにしてやってほしいという依頼だ。
六本木の座敷のある高級なカラオケ屋だった。
まず、歌いたいと思っている歌を歌ってもらうことにした。話す声はいい声なので、音程さえとれれば、と思った。何の歌だったか思い出せないが、とにかく彼女は歌った。冒頭だけ聴いただけで、この人は僕をからかってわざと外して歌ったのかと思った。
しかし隣で不安そうな表情の旦那さんを見て、そうではないことがわかった。
メロディにならない。平坦に詞を朗読しているような調子なのだ。練習はこの一回だけで終わった。
はっとするほどの美人なのに、ああ、天は二物を与えずとはこのことか、と思った。どうしても歌えないという人もいるのだと思う。