「世は歌につれ」/歌謡曲ルネサンス
25.出会えた人出会えなかった人 清水博正
いま「小樽絶唱」(作詞:たきのえいじ作曲:弦哲也)「忍ぶ私の身代わりに 海猫ばかりが鳴いて飛ぶ」でいい味を出し始めている。
もう10年くらいになるだろうか、NHKののど自慢を仕事をしながら聴いていた。
「えっ」と声が出るほどすごい歌声が聴こえる。うまいとか下手とかそういうものを飛び越えた、神の声か魂の声か、聴いたことのないものだった。
歌っているのは当時群馬県立盲学校高等部在学中の清水博正。歌は神野美伽の「雪簾」(作詞:荒木とよひさ作曲:岡千秋)「赤ちょうちんが 雪にちらちら ゆれている ここは花園裏通り」。
なんだこれは、と驚いた。
テレビの前に正座して聴いている自分がいた。司会は旧知の宮本隆治。すぐにメールを打った。「いま渋川からののど自慢を見た。雪簾の盲目の高校生、あの子をプロの歌手への道を開いてやるのがあなたの仕事」。
のちにチャンピオンせいぞろいのグランドチャンピオン大会でもぶっちぎりで優勝した。雪簾は彼のお陰でかなりまた売れたのではないかと思っている。
それから勝手に応援し始めた。ときどきエッセイのようなもので紹介したりもした。
あるとき彼の小さなライブに行ったら、作曲家弦哲也から声をかけられた。「清水君を応援していただいているようでありがとうございます」。
グランドチャンピオン大会の審査員だった弦哲也が師匠格だった。
デビュー後はなかなか期待通りには売れていなかった。目の見えない彼は、歌う歌はすべて歌詞を暗記しているという。それだけでも大変な努力だ。
「清水君」と声をかけると「あ、田勢さん」と反応する。声でだれだかわかるのだ。清水博正の高音の切ない響きは彼だけの天性のものだ。
全日本こころの歌謡選手権大会の課題曲をいつか歌ってもらいたいな、と考えている。
小樽絶唱/清水博正(2016年)