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「世は歌につれ」/歌謡曲ルネサンス
33.出会えた人出会えなかった人 島倉千代子 その3
島倉千代子をずっと見ていて、一番感じたのは、普通の人の幸せな生活とはまったく無縁だということである。
還暦近い女性でありながら、人の妻でもなければ母でもない。同居人もいない。自分で料理はできない(ときどき作ったものをごちそうしてくれたが、美味しいとは思えない)から、勢い、楽屋の弁当か外食になる。
一人でいることができない寂しがり屋なので、いつもそばに若い女性歌手や付き人がいたりする。大勢の人に囲まれているのが大好きなのだ。
地方での公演(昼夜2回)となるとたくさんの人々が飛行機や新幹線で同行する。事務所のスタッフ5人くらい、レコード会社2,3人、バンドは荷物運びと楽団員で10人ぐらい、舞台監督とスタッフ、司会者、着付け師、メイク、音響、照明係、幕間に笑わせる漫才師と総勢50人くらいにはなる。
合間に「お千代さんッ」「ニッポンいちー」などと声をかける人も加わったりする。これに各地の後援会のメンバーや、ペンライトを配る人など含めると100人くらいになるのではないだろうか。
したがって「看板歌手」は大統領のようなものである。だれも批判できない絶対的存在なのだ。そこに人間としての苦悩がある。
ぼくはよく、島倉千代子と言い合い、というか喧嘩をした。喧嘩をこの人は楽しんでいるなと感じたことも多かった。それでも、ときには感情を乱して大粒の涙を流す。この瞬間が彼女にとって数少ない「人間に戻る」瞬間なんだな、と思った。歌のこと、人間関係のこと、お金のこと、健康上のこと、悩みのタネは普通の人の何倍も多く、解決の難しいことばかりだった。