「世は歌につれ」/歌謡曲ルネサンス
48.出会えた人出会えなかった人 長田暁二
気むずかしい人で、インタビューに来た人はほとんど途中で追い返される、それでもよければ。
仲介してくれたキングレコード時代の部下だったというM氏はそう言った。
音楽の世界でこの人を知らない人はまずいない。そしてこの人が知らない音楽も歌手も作者もいない。
板橋のインタビューを住まいの近くの小料理屋でM氏同伴で話を訊いた。
そのころ長田さんは「あいうえ歌謡曲」とかいう番組をNHKラジオでやっていた。知られていない歌の裏話を独特の語り口でする。そのときに聴いていた声そのままだったが、仏頂面で緊張させられた。
こちらは音楽の専門家でもないし、とくに何かを訊きたくてインタビューをお願いしたわけではない。ただ、やたらと歌に詳しい、それもクラシック、民謡、歌謡曲から軍歌まで、そんな人がいるなら会ってみたいという野次馬根性から始まった話だ。
M氏がキングレコード時代の話などで場をつないでくれる。YMOも矢野顕子もこの人たちが世に出したというから驚きだ。その前は三橋美智也だったという。
あまりの面白さに、気がついたら、たくさん質問を浴びせ続けている自分がいた。4時間ぐらいいたように思う。追い返されることもなかった。
帰り際に「あなたも相当詳しいね。ぼくの後継者になりませんか」。いま86歳の彼も、このときは70歳前後だったと思う。
このときいただいた「後継者」という言葉、もちろん、なれるわけはないが、僕の心の中では燦然と輝く勲章だ。最近になって分厚い本を出版した。「戦争が遺した歌 歌が明かす戦争の風景」(全音楽譜出版社)である。軍歌や兵隊が戦場で歌っていた歌など明治維新以降のもの253曲をすべて歌詞、楽譜つきで掲載している。値段は税込みで1万円を超す。
年に2回くらい音楽関係の集まりなどでお目にかかるが、肌ツヤもよく、いつもにこやかだ。すべての音楽に通じている日本人は間違いなくこの人以外にいない。