「世は歌につれ」/歌謡曲ルネサンス
56.出会えた人出会えなかった人 ビートたけし
テレビ東京で8年間、おもに政治問題を取り上げる報道番組を週1回、土曜日の午前中に生放送でやってきた。回数にして408回、そのうち1回は東日本大震災の影響でゲストを呼べなかった(ゲスト予定は猪瀬直樹東京都知事=当時)が、ゲストが複数だった回もかなりあるのでゲストの総数は500人ぐらいになるだろう。
その中でもっとも印象に残るゲストはビートたけしだった。そもそもこの番組を引き受けるとき、いくつかのことを考えた。
①キャスターが一番偉そうな政治番組にしない
②番組のアクセントとして猫を出演させる
③高倉健、吉永小百合、ビートたけしの3人をゲストで招く
高倉健は亡くなり、吉永小百合は何度か申し込んだが、政治番組は、と断られた。
実現したのはビートたけしだけだった。先方の都合で生放送の時間に合わせることができずに東京タワーのそばのスタジオでの収録ということになった。
僕は性分としてあがったり緊張したりしないほうなのだが、このときはいささか緊張した。スタッフが事前に先方と打ち合わせをしたところ「政治的な話題はNG」という。先方は封切り直前の映画「アウトレイジ」だけを話題にしてほしいということだった。おもに政治をテーマにする番組なのに政治はNGだとすると、さてどうしたものかと思案した。
収録当日、早目にスタジオ入りして正面玄関にすごい車が止まっているのがまず目に入った。真っ白なロールス・ロイス。うわさには聞いていたが、これがたけしカーかと、クルマ好きの僕は少しばかり興奮した。なにしろ「ツービート」の漫才の初期のころから熱心に見ていたのである。もちろん、テンポの早さが魅力だったというようなこともあるが、相方のビートきよしが僕と同じ山形県の出身ということが影響している。
なぜこのブログでたけしかというと、漫才、映画、絵画だけではなく、歌手としてのビートたけしがたまらなく好きだからだ。
テレビ番組のほうはかなり面白いものになった。こちらから仕向ける前に向こうから政治の話をし始めたのである。映画のテーマがヤクザの抗争だったこともあり「鳩山さんは魅力ないけど、麻生さんはいいね」などと人物評で盛り上がった。この番組が自分に何を期待しているかを察知し、その通りに演じてみせる、それがビートたけしの真骨頂なのだと感じた。終わり際に「この番組、すごくいいね、気に入った」と言い残して、大勢のスタッフとともに去っていった。このキャスターは自分のことを実によく知っている、と感じてくれたのだと思う。
ビートたけしは意外なことにかなり歌を歌っている。
代表的なのは「浅草キッド」(作詞作曲:ビートたけし)「お前と会った仲見世の 煮込みしかないくじら屋で 夢を語ったチューハイの 泡にはじけた約束は」。
この歌に出てくる「おまえ」と呼びかける相方はビートきよしではなく「マーキー(あるいははハーキー)」と呼ばれていた芸人のこと。たけしとコンビを組もうとするが、うまく行かない。そんな浅草時代の哀歓のにじむ歌だ。驚くことにこの歌を福山雅治がカヴァーしている。
たけしときよしは初め松鶴屋二郎・次郎でデビューしたが売れずにコロムビア・ライトに弟子入りし「空たかし・きよし」で出た。たけしは名古屋で当時人気絶頂のB&Bの漫才を見て衝撃を受ける。それまできよしが書いていた台本を自分で書くことにし、芸名も「ツービート」に変更、そこから一気に頂点まで上り詰める。
たけしの魅力はどんな場面でもシャイであまり偉そうにしないところだが、歌には彼のやさしさが籠っている。「夜につまずき」(作詞:ビートたけし作曲:泉谷しげる)「いつもの店と いつもの煙 いつもの相手と いつもの話 俺は人とは 違うのと 違う同志で 肩を組む」、なんと泉谷しげるが曲を書いているのである。この歌の最後のリフレインが哀しい。「はげしく生きぬく 根性もなく 孤独に死んでく 勇気もなしに 流れ流れて 流れ流れて 流れ流れて 今日まで生きてきた 流れ流れて 今日まで生きてきた」。
もっとやさしさでいっぱいなのが「嘲笑」(作詞:ビートたけし作曲:玉置浩二)「星を見るのが好きだ 夜空を見て考えるのが 何より楽しい 百年前の人 千年前の人 一万年前の人 百万年前の人 いろんな人が見た星と ぼくらが今見る星と ほとんど変わりがない それがうれしい」。
詩人の谷川俊太郎が作詞して坂本龍一が作曲したというとんでもない歌をたけしは歌っている。「たかをくくろうか」「雲のさけめから 陽がさして 小鳥たちが 空に散らばる きれいな歌が 聞きたいな 世の中って こんなところだよ たかを くくろうか」。
これらの歌をたけしは恥ずかしそうにしながら歌う。もちろん、うまいとはいえないが、心にそのやさしさが伝わってくる。一流のコメディアンの素顔は真面目で無口というのはよくいわれるが、たけしもそうなのだろう。
大島渚監督の映画「戦場のメリークリスマス」で共演した坂本龍一は、たけしの楽屋を訪ね、本を山のように積み上げて勉強しているたけしの姿に驚いたと語っているが、それがおそらくたけしというか「北野武」の本当の姿なのだろう。
足立区の代議士鴨下一郎が僕に語ったことがある。
「うちの裏の家がペンキ屋さんで、銭湯の絵なども書いていた。そこの息子がビートたけしなんだよ」。たけしの次兄の北野大(まさる)さんとテレビ番組で一緒になったことがある。いつもにこにこしていて出演者に気をつかう人という印象だった。いまや「世界の北野武」になってしまったたけし。「赤信号 みんなで渡れば怖くない」というあのギャグの面白さを忘れてほしくない。さまざまなスキャンダルも含めて、これほど愛される人はいないだろう。