=通信関連企業が「貴族」になって下さい!=
「CDが売れない」シリーズの最後の回です。
歌謡曲の全盛期であった1960年~1980年代、CDがいっぱい売れた1998年前後など音楽ビジネスがとても潤った時期は確かにありました。しかし考えてみると、それはほんの30年~40年間のことで、意外とビジネス寿命は短い。
そもそも「音楽ビジネス」って儲かるのか?というとてもシリアスな疑問にぶつかります。
音楽のような「芸術」は「保護」されないと存在しえないという考えは極論でしょうか!?
ヨーロッパのクラッシック音楽は、歴史的に「宮廷音楽」として、あるいは「宗教音楽」として栄えてきました。これらは、貴族が社交界でお互いの抱える「音楽家」「演奏家」を自分たちの自慢として見せびらかしっこをするところから発達したものだと思います。バッハも、モーツァルトも、ベートーベンもこうした「大きな力」からの「保護」の中で芸術を極めたのではないでしょうか。「絵画」や「彫刻」も同じように、お城や宮殿のお飾りとしてとても大事なものだったのでしょう。日本の「絵画」や「能」、「茶道」などの芸術も、安土・桃山時代の、信長、秀吉、家康などの「保護」から生まれたと見ます。
振り返って、昭和の日本の大衆歌謡はどうだったでしょう。
とくに、戦後の高度成長期は、「行け行けどんどん」で、日本の多くの電機メーカが自らレコード会社を支えて「ソフト(音楽)」を作り、それを聴くための装置である「ラジオ、テレビ、ステレオセット」を大量生産して販売し、それをプロモーションする放送局、新分野雑誌などのメディアにたくさんの広告費を出していました。「風が吹けば桶屋が儲かる」といういわゆる「エコシステム」という循環作用による経済ループがうまく回っていたんですね。そして、これを担っていた財閥や大企業がかつての「貴族」や「お殿様」の役割をしていたのではないかと私は考えます。つまり、大衆音楽が育つための環境を産業がバックアップしていたのです。そのころの潤った音楽産業は、いろいろ「遊びやチャレンジ」ができたと思いますし、まだ国民の趣向が「映画」「テレビ・ラジオ」「レコード」くらいしかなかったことも相まって、大きな需要と供給の成長バランスが成立していたのでしょうね。CDが売れなくなったのは「コピーが簡単に出来るようになった科学技術の発達」が原因と言う人もいますが、そんな単純なことではないと思います。
そうであれば、今の音楽ビジネスをサポートして、うまく音楽文化の振興を支えてくれるのはIT産業の雄であるスマホなどの通信企業、プロバイダ等しかない!と思います。
これからもいろいろなところに働きかけて行きたいものです。