ヤマハなど音楽団体が訴訟をしたことを、JASRACがしたという逆の表現をしていました間違いがありました。謹んでお詫びしますとともに訂正いたします。
「著作権使用料は発生しない」としてヤマハ音楽振興会など音楽教室を運営する団体が、JASRACには徴収する権利がないことの確認を求める訴訟の第1回口頭弁論が2017年9月6日東京地裁で始まり、提訴した音楽教室側に対し、JASRACは争う姿勢を示したことがメディアを賑わしている。
最近このブログでも著作権のことを多く取り上げてきたが、何人かの読者からからFace Bookやメール等で質問や意見を求められた。
「要するに何をもめているのですか?」の争点と、「山田さんはどう思いますか?」
主にこの2点である。
争点はわかりやすく言うと、ヤマハは音楽教室で月謝をとって商売をしている。結局は楽器を売るためのセールス事業なのだから、その営利のために使う楽曲には著作権料を払いなさいというJASRA側の要求である。その裏付けとして、ヤマハなど全国の音楽教室は受講料収入は年間約721億円もある立派な商売であること。そして、音楽教室でヒット曲をギターやピアノなどで演奏することは、コンサートでアーティストが演奏する「公衆」に対する「演奏」と同じで、「演奏権」が及ぶことにより使用料を払えという主張。
一方、ヤマハサイドは、講師の模範演奏や、生徒の練習は曲の一部分が多いし、生徒の演奏はプロではないのでミスが多い。多くの場合、5~10人あるいはもっと少ない閉ざされた教室で、これがプロのコンサートと同じ扱いの「公衆」「演奏権」を主張するのはおかしいと反論し、 JASRACには徴収する権利がないことの確認を求める訴訟を起こした。
また、メディアではあまり出てこないが、これらの教室で使用されているテキスト、教材(楽譜本)などでは、楽曲の使用にあたってすでに著作料を支払っている。したがって、著作権を無視しているわけではない、これで十分なのではという下地もある。
さて、私の意見の前にもう少し話を整理したい。
裁判は、お互いの正義をもとに、何かの不利益を明確にし、正すことだと思っている。
JASRACの正義は、作品の著作権は人の財産である。それを使う場合は、その人にお金を払わないと不利益になるし、それを定めた「著作権」という正義に反する。転じて、そういうことばかりしていると音楽家が創作で生活していけなくなり、日本の音楽文化が廃れていくと私は読み取った。
ヤマハサイドは、音楽教室で演奏されることは商売ではなく「日本の音楽文化育成」に寄与している「教育」である。この音楽教室に負担を強いると経営に影響するし、著作権のかからない楽曲だけになると生徒のニーズにこたえられないばかりか、作家の人気も落ちていく。結局は日本の音楽文化に悪影響が増すと主張。
つまり、双方同じ「音楽文化」のことを心配しているし、別に「著作権」を無視している同士ではないのである。
さて、では山田の意見はというと大変困るのである。
私はJASRACに「著作権料をしっかり徴収してね!」とお願いしている信託・会員なのだから…。彼らの主張は実に正しいと思う。
一方、音楽教室にも我々音楽仲間がたくさんいて、自分たちの作品を使って子供たちに楽しく音楽を教えてくれている大切な音楽仲間なのである。この平行線にはなかなか「解」が無いし、極端な解決策は跡が良くないと思う。私も含めて多くの作家も同じ意見のような気もする。
一つの意見であるが、やはり著作権料は払ってもらう。そのかわり、「A:子供教室は0.5%」
「B:大人の教室は1%」「C:プロ養成コースは2.5%」という風にABCを設けて段階化し、緩和してはどうかと提案する。
作家にとってわずかながら収入が入るだけでなく、どんな曲が使われてかというデータベースのフィードバックもある。また、大人や、プロ志向の生徒さんにはやはりきちんと払っていただくという折衷案である。いかがでしょう。
朝日新聞デジタル(2017.9.6) 音楽教室から著作権料、「カラオケ法理」が当てはまる?
http://www.asahi.com/articles/ASK965R1XK96UCVL01F.html