世は歌につれ 月刊「FACTA」連載

魂を揺さぶる清水博正の歌唱 |月刊「FACTA」連載 世は歌につれ/田勢康弘


3.魂を揺さぶる清水博正の歌唱

4、5歳のころには岡晴夫の「憧れのハワイ航路」や近江俊郎の「湯の町エレジー」を私が歌っていたというから、少なくともこれまで70年は歌謡曲と付き合ってきたことになる。歳を重ねるごとに好きな歌手も歌も変わってきた。いままで聴き続けてきた歌手の中で、1人に絞れと言われたらどうするか。基準をどこに置くかがまず問題だ。うまい歌手となると絞るのは難しい。はじめはそれほどうまくないな、と思っていても、いま聴き直すとそのうまさに驚く、例えば石原裕次郎のような人もいる。

だから、基準を「聴いて号泣するなど魂が揺さぶられた歌手」として、1人に絞るなら私は現在28歳の清水博正をあげる。でも私以外の人が聴いたらそれほどでもないのかな、という不安はずっとあった。1年ほど前、彼の歌を聴いたことのない人4人にカラオケ喫茶に集まってもらい、群馬県から彼に来てもらって5曲ほど歌ってもらった。4人全てが泣いた。身体を震わせている人もいた。

清水博正は2007年3月、NHKのど自慢のチャンピオンが競い合うグランドチャンピオン大会で優勝している。だから私が偶然見た群馬県藤岡市でののど自慢はその前の年だったのだろう。いつもの日曜日のように書き物をしながらテレビののど自慢を歌だけ聴いていた。えっ、と思った。男なのか女なのか、若いのか中高年なのか、想像力を破壊してしまう声だ。画面を見て驚いた。詰め襟の高校生。神野美伽の「雪簾」(作詞荒木とよひさ作曲岡千秋)という難しい歌を、神野美伽とはまったく違う趣で歌っている。

群馬県立盲学校の高校1年生で16歳だという。ゲスト歌手の堀内孝雄の涙を拭う仕草が見えた。この時の司会者が旧知の仲の宮本隆治だった。チャンピオンがまだ発表にならないうちに、宮本にメールした。「いま歌った高校生をプロ歌手にするのがこれからのあなたの仕事」。たしかそんな内容だった。不思議な声だった。上手いとか綺麗な声とか、一般的な歌に関するほめ言葉がどれも似つかわしくない。さびの部分の高音がまるで花火のように音が枝分かれしているかのように聴こえる。枝分かれした声が互いにハモってるようにも聴こえる。こんな声は教えてもらって出せるものではない。声そのものが哀しみに溢れているのだ。だからわずか1分足らずの歌唱で、ゲストの堀内孝雄もテレビの前の私も、そして数えきれないほどの視聴者が泣いたのだ。

それにしても「雪簾」の歌い出しの「赤ちょうちんが雪にちらちらゆれている ここは花園裏通り」という歌詞に高校生が歌っているからといって、何ら違和感を感じなかった。そればかりか、屋台で酔いつぶれる中年男の姿が浮かんでくるから不思議だ。とても16歳の歌声とは思えない。例えばデビュー2曲目の「忘戀情歌」(たかたかし作詞弦哲也作曲)の声などは苦労と恋の苦しみでうちひしがれた女の悲鳴に聴こえる。「暗い海峡越えて来たけれど、涙ばかりは越えられないわ」という歌い出しは、聴く人をいきなり哀しみの渦の中へ誘うのだ。清水博正の声は尺八のようでもあり、津軽三味線のようでもある。また歌によってはテナーサックスであり、フルートのようでもある。こんな声の歌手は彼の他にはいない。森進一とも矢吹健とも違う。作曲家の弦哲也は「彼は日本の音楽の歴史に名前が残せる歌手になるだろうと信じている」と惚れ込んだ。清水博正の歌手デビュー曲「雨恋々」の作詞家たかたかしは「彼の声を聴いて無性に暗く哀しい歌を作りたくなった」と語っている。「雨の路地裏 灯の影でひとり泣いてる恋もある」と書いたのも自然の流れだろう。

これほどの歌唱力のある清水博正でも、世間で一流だと思われるような紅白歌合戦出場歌手になれていない。誰もが彼の歌唱力を高く評価しているのにである。紅白歌合戦。これまでもたくさんの有名歌手が紅白の舞台裏で悲喜劇と格闘してきた。私が長く付き合ってきた島倉千代子も、紅白辞退宣言をしたのちでさえ、10月ごろから情緒不安定になるのが常だった。時代は変わったのだから、いまの時代、私はかえって紅白歌合戦出場を目指したりしない方がいいと思っている。出場出来るか否かの基準が歌謡界の政治力学にあるように見えるからだ。出ないことが一流の証という風潮が出てきたことは喜ばしい。

28歳の清水博正から74歳の私が学ぶことの何と多いことか。「清水君 3番まで歌詞を覚えている歌何曲ぐらいある?」と尋ねたことがある。普通のカラオケファンは、いつも歌っている歌でさえ、歌詞を見ないと歌えない。「250くらいかな、300かな」

ある時彼から電話が掛かってきた。どこから? 青森。誰と?1人です。いまから東京に帰りますが、東京駅の丸の内口中央口で、待ち合わせませんか? 半信半疑でたどり着いたら、さきに彼は立っていた。不思議がる私に「口と足さえあれば、どこにでも行けます」と言ってのける。スマホでメールを打つと、すぐ返事が来る。目の不自由な人たちにパソコンやスマホの使い方を教えているとは聞いていたが、驚くべきレベル、驚くべき努力だ。

他の歌手の新曲を彼はほとんど歌える。無名の歌手も含めて膨大な量のCDを購入して聴いているのだ。清水博正はたくさんの名曲をカバーしている。美空ひばりの「みだれ髪」はもともと彼の歌ではなかったかと思ってしまうほど、自分のものになっている。そして驚くほどたくさんの昔の名曲を知っている。ステージで2度ほど彼の持ち歌を一緒に歌ったことがある。私は高い声なので大概の歌手の歌、例えば五木ひろしの歌はキーを上げて歌う。下げて歌うのは清水博正の歌くらいだ。彼の高音はファルセット(裏声)なのか地声なのか判然としないが、いずれにしろものすごい声だというのは隣で歌うとよくわかる。

清水博正の声でなければ表現できない歌があるはずだ、とずっとそう思っている。そういう歌をいつか作りたいと、いつも考えている。(敬称略)

清水博正(左)の持ち歌を歌う筆者

※月刊「FACTA」2019年5月号より転載
FACTA online→ https://facta.co.jp/

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